"コカ·コーラ"鈴鹿8耐の歴史のなかで、多くの人々の記憶のなかに残るマシンたちを紹介する連載です。今回は1985年大会、200kgオーバーの重戦車 "ニンジャ"で活躍したチームグリーンです。

ロードレースの火を消さない! という強い意思

1984年、カワサキはレース活動を凍結・・・という判断を上層部が下しました。しかし、これに現場の者たちは反発。「オートバイメーカーがレースを忘れたらアカン」と食い下がりました。そして国内のロードレースは継続・・・ということで、なんとか話がつくことになりました。

新体制のカワサキ・ロードレース活動を担うことになったのは、チームグリーンでした。そもそもチームグリーンはその前からモトクロスで大活躍していましたが、新たにロードレースチームもこれに加わり、新生チームグリーンとして1985年から再始動することになります。

ロードレース組は1975年に発足した「チーム38」のメンバーで構成されていました。メンバーであるテストライダーと実験研究部が「第38工場」に集まっていたので、その名がつけられたワケです。

1985年、アップタイプのバーハンドルのカワサキGPz750Rを走らせる岡 正広。トラブルを抱えながら、見事完走を果たしました。なおこの年、ホンダRVF750でワイン・ガードナーと組んで優勝した徳野政樹は、チーム38のOBでもありました。

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この年の新生チームグリーンの活躍のハイライトは、鈴鹿8耐でした。チーム38にちなんだ38号車のGPz750Rには岡 正弘/日下直一組、39号車には斉藤昇司/多田喜代一組が担当しました。他メーカーのプライベーターのマシンでも180kg台・・・というなかで、チームグリーンのGPz750Rは200kgオーバーという重さでした。カワサキのGPマシン、KRの足まわりなどを使ったところで、元々の車重の重さゆえにGPzを軽量化するのは難しかったのです。

これは速く走るうえでも、耐久レースで重要な燃費のうえでも大きなハンデでしたが、ライダーたちの頑張りで斉藤/多田組が10位でフィニッシュ! 岡/日下組も16位でゴールし、2台とも完走を果たしました。なお斉藤は130R手前でガス欠によりストップしたマシンを、押して!ピットまで帰還。このド根性が、見事結果に結びついたわけです。

歴史に「if」はありませんが、1993年のカワサキによる鈴鹿8耐初優勝も、当時ロードレース活動をやめてはいけない! と奮起したカワサキの人々たちの頑張りがなければ現実にならなかったのかもしれません・・・。2016年まで続いた川崎重工業運営の「チームグリーン」の名は、今年からカワサキモータースジャパン運営の「カワサキ チームグリーン」に代わりました。カワサキファンは今年こそ・・・久々の鈴鹿8耐優勝を期待しましょう!